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はじまりは金時山

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私が登山にハマるなんて、50歳までの私からしたら完全に“別世界の話”だった。

2024年1月、命に関わるような大病ではないけれど手術で入院。その後しばらく更年期も重なって、気づけば家で横になるのが仕事みたいな日々になっていた。療養中というより、ほぼ“省エネモード”で生きていた。

ところが3か月もすると、手術の傷は回復したものの現実が追いかけてきた。駅の階段で息が切れる。途中で休憩しないと上がれない。太ももを見ると、なんとなく細い。いや、正確には「頼りなさだけが増した脚」になっていた。

さらに追い打ち。ちょっと動いただけで脚と尻が痛い。

「これ、筋肉という貯金が底をついたのでは?」痛烈に感じた。

私はもともと運動せずに50年生きてきたので“貯筋残高”が豊かだったわけでもないのにさらに赤字転落。さすがに怖くなった。長生きしたい願望は強くないけれど、もし生きてしまったときに寝たきりは困る。それはさすがに面倒すぎるし、家族も大迷惑である。

そこで貯筋を増やすためにジムに通い始めた。50年も生きてれば自分のことはある程度わかっている。自分で自宅で頑張るほど意思が強いタイプではない。少々お高いが月1パーソナルトレーニング付きのところを選ぶあたり、我ながら現実的だと思う(つまり“サボり対策に金で縛る”方式)。

すると面白いことに、少しずつ体が変わった。筋肉は急激には増えるわけがないが、階段で息が上がらない。気分が沈みにくい。夜中に起きる回数も減る。運動って、こんなに生活全体に効くのかと50歳にして知る。

そんな頃、昔からの友人=私の“山師匠”に何十年かぶりに再会した。彼女はすでに数年前から登山沼の住人で、夫婦で毎週山に行く人になっていた。話を聞くほどに、正直こう思っていた。

「いや、それ趣味というより修行では?」「私にはムリムリムリ…」

でも筋トレで少し前向きになっていた私は、珍しく素直だった。「まあ一回くらいなら」と言ってしまったのが私の人生を変えていく。もちろん、その時は自分の人生や生活が変わるとは思ってもいないのだが…

2024年11月、向かったのは神奈川の金時山。

装備はほぼ“寄せ集め”。登山靴だけは近所のデパートにあるコロンビアでそれなりのものを買った。コロンビアにこだわりがあったわけではない。単に家の近くにあった登山系のショップだったから。その時は庶民ハイカーの味方モンベルが近くにあることすら知らなかった。

実は、私の登山は今回が初めてではない。今度どこかでブログにしょうと思っているのだが、20代の頃に弾丸で富士山に登ったことがある(絶対にやってはいけない富士登山の典型をやらかした話があるのでそのうちに)。その時、靴が合わず痛くてたまらなかったので、靴だけは良い物を履いていこうと奮発した。コロンビアで私は思っていた。「登山靴で2万円超え?マジ高い!これ一回で終わったらメルカリ行きだな」と(今は良い相棒となっていて大切にしている)。今思えば、完全に初心者の定番セリフである。

服装はとくに酷かった。ジムで履いているユニクロのジョガーパンツ、家にあったTシャツと登山する人っぽいチェックのネルシャツ(もちろん綿100%だ)、そしてたまたま家にあったコロンビアのリュック。つまり“登山というより遠足の延長に登山靴だけ課金した人”だった。

当日は朝6時集合。普段なら寝ている時間に出発するだけで、もうイベント感がある。登れるかどうか、友人に迷惑をかけるのではなという軽い不安と、なぜか小学生の遠足前みたいなワクワク感が混ざっていた。

金時山は想像よりちゃんとしていた。いや当たり前なのだが、ちゃんとしている山にちゃんと登ると、ちゃんとしんどかった。

途中、休み休み進む私を横目に、小学生や大学生達が軽快に登っていく。人間、年齢より“筋肉と心肺能力と膝の強さ”が正義だと知る瞬間でもあった。

そして、途中ですれ違うあきらかに私より先輩の方々がすいすいと登って行く。たまにスーパーおじいちゃん、スーパーおばあちゃんが登っていた。うっかりしたら20歳近く違うであろう私を軽々と追い抜いていく。たまに「がんばれ、もうすぐ」なんて励まされた。山でのスーパーおじいちゃん、おばあちゃんはおじいちゃん、おばあちゃんの私の概念をぶっ壊した。かっこよすぎた。

それでもヒーヒーいいながら無事に登頂できた。

そして目の前に現れたのが薄っすらと雪が積もった富士山。雲の向こうに、静かに、でも圧倒的にそこにいた。神奈川に住んでいると比較的富士山を見る機会は多い。しかし、普段遠くから見る存在が、同じ高さの目線にいた。目の前の富士山はあまりにも美しく心をすっかり奪われてしまった。五十年生きていてまだ「見たことがない景色」があることを知った。

さらに頂上の茶屋の「なめこ汁」が異常に美味しかった。あれはもはや単なる味噌汁ではなく、体力を回復させるためのドービング剤だ。「なめこ汁」ドーピングのおかげもあり怪我なく無事に下山できた。

下山後、思った。

疲れた。でも、もう一回行ってもいいかもしれない。

運動嫌い歴50年の人間がこう思った時点で、たぶん何かが始まってしまったのだと思う。

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