「もう一回くらい山に行ってもいいかも…」と思ってから、間を置く暇もなく金時山登山の翌週、山師匠からまた誘いがきた。
「来週どう?」
誘いが早い。
余談だが、後から師匠から聞いたのが、私の山熱が冷めないうちに怒涛の誘いをしたらしい。
行くかどうか悩む間もなく、「行く」と返事していたあたり、すでに少しおかしくなり始めていたのかもしれない。
2回目の行き先は、神奈川県横須賀市の大楠山(おおぐすやま)。
横須賀は私の生まれ育った街だ。
大楠山は、地元では遠足や部活のトレーニングで登ることもある。
…らしい、というのは、私は登ったことがなかったからだ。近くで名前も知っているのに行ったことがない場所というのは、案外たくさんある。
「金時山ほどきつくないし、幼稚園生でも登れるから大丈夫。」
山師匠の言葉を信じて行くことに決めた。
当日は秋谷の海岸近くの駐車場に車を停めた。
横須賀という場所は、よく考えると不思議だ。海もあるし、山もある。
子どもの頃はそれが当たり前すぎて、特別だとは思っていなかった。
歩き始めると、たしかに金時山とは違った。
息が上がらない。まったく辛くない。
これは大きい。
50歳からの登山は何が苦しいって言うと息があがるのが苦しい。
とにかくすぐ「ゼーゼーハーハー」言ってしまうのだ。
金時山では会話どころか「生き延びること」に集中していたが、今回は普通にしゃべれる。人間、呼吸に余裕があるとこんなに社交的になれるのかと思う。
道はところどころ舗装されていて、でもちゃんと山道もある。少しだけ沢を渡ったりしてアドベンチャー感もあり楽しい。
「これならいけるかも」
と思わせてくるあたり、山のずるさでもある。
子どもの頃、こういう場所で遊んだ記憶がうっすら蘇る。
大人になってから、自然の中で遊ぶことなんてほとんどなかった。
気づけば、仕事とか家事とか家族のこととか効率とか、そういうもので生活が埋まっていた気がする。
おしゃべりしながら歩いていると、あっという間に山頂に着いた。
本当にあっという間だった。
金時山の「やっと着いた」とは違う、「え、もう?」という感じ。
遠くに富士山も見えた。
金時山のときより小さくて、少し控えめな富士山。
やはりいつみてもきれいだ。
でも今回は、それよりも別のものに目がいった。
自分が生まれ育った街。
山の上から横須賀を見たのは、これが初めてだった。
海が見えて、山があって、思ったより緑が多い。高いビルは少なくて、どこかのんびりしている。
両親が他界してから、横須賀に行く回数は減った。
行こうと思えば行けるのに、なぜか足が向かない場所になっていた。
10代や20代の頃は、横須賀から早く出たくて仕方なかった。
でも実際に横須賀から離れて住んでみると、横須賀の良さがじわじわ分かってくる。
遅い。だいぶ遅い。
30代の頃、両親が相次いで病気になった。
支えること、見送ること、それだけで精一杯だった。
葬儀をして、実家を片付けて、「家族だった場所」はなくなった。
今は「両親が永遠の眠りにつく場所」になった。
そういうことを全部ひっくるめて、横須賀という街ができている。
山の上からそれを眺めていたら、なんとも言えない気持ちになった。
いろんなことを思い出した。
うまくいかなかったことも、親や兄弟、友達や恋人とどうでもいいことでケンカしたことも、
恋愛で浮かれたり落ちたりしたことも、
受験や就職で転んだことも、
親のことも、その後のことも。
けっこういろいろあった。
でも50歳になって上から見てみると、それも全部まとめて「自分の人生」なんだな、と思えた。
少しだけ、俯瞰で見られるようになったのかもしれない。
山師匠が言っていた。
「山はね、見たことない景色が見られるのがいいのよ」と。
最初は、絶景のことだと思っていた。
確かにそれもある。
でも、今回見えたのは、いわゆる絶景とは少し違う。
自分が生きてきた場所を、違う高さから見る景色。
それはそれで、なかなか強烈でもあり、エモかった。
下山しながら思った。
山って、ただ登って景色を見るだけじゃないらしい。
たぶん、過去も一緒に連れて行かれる。
そして少しだけ整理されて、また下に戻ってくる。
運動嫌い歴50年の人間が、そんなことを考えながら山を歩いている。
やっぱり、何かがおかしい方向に進み始めている気がした。



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